何気ない日常生活


by osyarekirari

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血の気が引いた

いつもSmallを幼稚園に送るときは
鍵しか持たず、幼稚園に送るんです。
今日もそうでした。
家の鍵をしめて、幼稚園にGo!

送り終えて玄関の鍵を開けようとしたら、
キーケースに2本あるはずの鍵が1本しかない!
え???やっちゃったかぁ!

そうなんです。
このキーケースは使いすぎてて、
金具がダメになってたんです。
買い換えなきゃっと思いつつも
気をつけながら使い続けてたんです。

もう血の気が引くのがわかりました。
とにかく通った道を戻ろう!
でも私ポケットにキーケース入れたままで、
今ここでだしたよなぁ~
わからんなぁ~
っとぶつぶつ言いながら、
幼稚園に向かいました。
そして息子のかばんもあさりそれでもなかったんです。

やばいなぁ。とりあえず実家で鍵をかりて、
家にはいりました。
めっちゃ考えてもどうこで落としたか検討がつかない。
落としたら音がするだろうし、
う~ん????????????

そして夕方Smallを迎えに幼稚園に行ったら、
”Small君が持ってきてくれた空箱に入ってました”
って鍵が出てきたんです。
やったー!あった!
ひょんな拍子で入ったんでしょうねぇ。

めっちゃ気分爽快!
ルンルン♪ですよ。
さぁ新しいキーケースをまじで買うぞぉ。
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by osyarekirari | 2007-01-31 20:43

ダイエット企画第二段

今日小さい小さい山だけど、
山登りに行ってきました。
家から往復2時間ほどの山登りだけど、
うっすら汗をかきました。

そこで発見がありました。
本当に小さい小さい山だけど、
行きかう人たちがみな
”こんにちは”っと挨拶をしてきてくれます。
ほっほぉ~小さい山にも
山の礼儀があるんだなって感心しました。

これからお天気のいい日曜日に
この小さな小さな山を、
のぼり続けることを主人と約束し
下山しました。

Ps、体重はもちろんかわりません。(T_T)
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by osyarekirari | 2007-01-28 19:56

ラテンエアロ

今日ラテンエアロに行ってきました。
ワンクール10回の市がしているラテンエアロ教室です。
過去に何回も受講してる方が多いみたいで、
皆さん上手いんです。
腰がクネクネ~エロっぽく自分に酔ってる人ばかり。
なのに私は、
細かい動きをあきらめ、
みんなが動くところは遅れないように
踊るのが精一杯でした。
1時間だけですが、
汗もかくしとても楽しいので、
これからも時間があれば続けて
いきたいと思います。
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by osyarekirari | 2007-01-26 21:33
N●Kさんを何気に見てたら、
”ブログの楽しみ方”番組をしてたんです。

その時に、
ネタがないときは、
それぞれのブログサイトが
その週のお題を提供してくれてるので、
それに関して書けばいいんですよっと言っていた。
面白そうなので今日チャレンジします。

今週のお題は・・・・
『私の大切な時間&心が癒される瞬間』
大切の時間?????
寝ること???????????
心が癒される瞬間
一人でぼーーとできること???????かな??????

いやはや今週のお題は難しいですなぁ。
っていうかぁ、むなしくなりました(T_T)
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by osyarekirari | 2007-01-24 21:37

せっかく買ったのに~

今度私の父親が定年退職をすることになりました。
今までご苦労様&ありがとうございましたの気持ちを
こめて何かプレゼントしようと考えてました。

最初は旅行券かな?って思ってたけど
私の両親は車でふらふら行くのが好きなので
そんなに旅行券は喜ばないだろうっと思って
サプライズにしたかったのですが、
何がいいか尋ねることにしました。
するとTVが欲しいとのこと・・・。
そっかぁじゃあ三月に買いに行くかって思っていたら。

『TVがつぶれた』っとmixiで言っていた。
急いで℡してすぐ欲しいか聞いたところ
14インチの小さい小さいTVでしのぐって言うので
それはあまりにも可哀想かなって思い、
32インチ亀山モデルの液晶を買って、
日曜日に持って行くことにしたんですが、
問題が発生しました。

TVを買ってすぐに℡をかけ始めたんですが、
つながらないんです。
父の携帯も母の携帯もつながらない、
ストーカーのように電話しまくりましたよぉ。
そして今日(日曜日)になってようやく
携帯につながりました。

そしたら案の定、車でお泊りしたので、
今日も帰りが遅くなるとのこと・・。

それは困るわ。
我が家の車にTV積みっぱなしやもん。
しかたがないので、
プレゼントする相手がいないのに、
両親の家にTVを配達し、なおかつセッティングまで
して帰ってきました。

そして今もまだ連絡がありません。
あ~ぁ喜ぶ顔がみたかったなぁ~
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by osyarekirari | 2007-01-21 20:35
最近もやもやしてたから、
甘いもの食べまくってました。

するとな・な・なんと
5Kgも太ってました。
ここ2~3週間の間にですよぉ。

えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!
うぉおおおおおおおおおおおおおおおお~
後2~3週間後に、
高校の部活の同窓会があるのに、
今のままでは、とてもとても恥ずかしくて
お逢いできないですわぁ。
私のプライドが許さないぃ。

だってねぇ。
当時からくらべると今までは10kg増だったの。
更に輪をかけて15kg増になってるって
どうなのよってかんじでしょ。

え?10kg増でもどうなのよってかんじですって<`ヘ´>
そうだよねぇ~
やばいよねぇ~
ダイエット今日から始めました。
とりあえず甘いものを絶対食べない・・・

ところがですよぉ。
姑とBIGがお祭りに行って
お土産で『たい焼き』と『綿菓子』を買ってきてくれました・・・(T_T)
甘いもの断ちをさっきしたばかりなんだけど
『たい焼き』くんだけいただきました。

私を誘惑するのはやめてくれぇ~
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by osyarekirari | 2007-01-19 20:45

最後に

長々と当時を振り返りながら、
ちょっと寒気をかんじながら、
書かしてもらいました。
読んでいただいたかた、
ありがとうございました。

当時高校3年生。
マスコミも国も、その当時生まれた子には
注目するのに、
大人でもない子供でもない私たち世代は、
何の支援もフォローもなく苦しんでる人は
沢山いると思うんです。
ちょうど思青期でただでさえ
微妙な年代の私たちを・・・・

私は生きています。
家族も無事にいます。
もっともっと苦しい思いをした方も
一杯一杯一杯いらっしゃると思います。
だからそんなことでひねくれてたらいけないと思います。
6434人の方がなくなられたあの大きな震災を
身に受けながら、私は生きています。
でも今のところこの6434人の方に誇れるような
生き方をしてないような気がします。

芸能人のかたで、震災を機に上京して、
成功した方を目にしたりしたとき、
私は一体何をしてるんだろうって思うことがあります。

今からでも遅くないですよね。
自分らしく自分が死ぬときに後悔をしてないように
生きていかなくてはなりませんよね。

6434人の方のご冥福を心からお祈りいたします。
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by osyarekirari | 2007-01-17 19:21
暫くして父の姿が見えないと思っていたら、
父がすぐに小学校に行こうっと言い出した。
近所の人にも伝えていた。

”蛍の墓”という映画で、でてきた池が、
すぐ家の上の方にありました。
それが決壊するかもしれないと言うのです。
父は道路が波打っててうねってるって言ってました。
始めてみたと・・・。
そのときが何時かは分かりません。
水道局の自動車が避難指示を鳴らしながら走り始めてました。
このときには空の上でへりが沢山飛んでいました。
音もすごく、近所の人の名前をよんでも
その音で返事があるのかすら分からない状態だった。

それでも父はその人を探そうとしている。
私は恐怖でいっぱいだったので、
早く学校いこうって言いました。
今思えばひどい人間ですよね。

そして学校に行こうと家族で歩き始めると、
近所の方が泣いているのが目に見えてきました。
最近なくなったご主人の遺影?位牌?が家の中にある
っといっていました。
そのお宅は全壊でした。
なのに父は余震が続く中、
その方のために取りに行ったのです。
私はまたそこで叫んだと思います。
行かんといてっと・・・。
そして暫くして父は位牌?を手に持って帰ってきました。
そこの奥様は泣いてお礼をいってはりました。

今覚えば、その位牌が奥様の生きがいになったのかもしれません。
その時の父に対して
”私らはええんかいなぁ”って思ってたと思います。
小学校についてからは・・・
あまりにも長くなるので、今年はこの辺で。
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by osyarekirari | 2007-01-17 19:08
外に出ると、
昨日まであったはずの家がない。
目の前が瓦になっていた。
何??何???何があったの???
近くのマンションからは、
マンションの戸を叩く音と、
なんともいえない声が聞こえてくる。

母は神戸で一人暮らしをしている祖母が気になるらしく、
近所のお兄さんに携帯を借りて電話をかけたが、
繋がらなかった・・・。
そうこうしてる間にも余震は次々にくる。
電柱が揺れる・・・・。
そして大人たちは潰れた家の人の名前を呼び続けていた・・・・。

だんだん周りが明るくなってきた。
目に入ってくる光景は、
戦争映画や戦争漫画にでてきそうな、
絵が私の目に入ってくる。

私はもう普段の自分はここでなくなってると思う。
気丈には振舞ってたと思うけど・・。
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by osyarekirari | 2007-01-17 17:38

あれから12年

12年前の1月17日
前日学校の宿題があって
日にちがかわった17日に寝始めた。

地震に気づいたのは、
凄い揺れと、父親の声。
私は恐怖でベットにしがみつくので精一杯だった。
父親は今でも
”あの揺れでこの子はねてたんですよ”っという。
確かに余震では気づいてなかったと思う。

父は私の無事がわかったからか、
私をおいてあの揺れの中、
母親を呼びながら階段を下りていった。
いつもは”お母さん”って呼ぶ父が
母の名前を呼んでいた。
私もようやくベットから離れて
父に”まって、まって”っと叫びながら、
父の背中をおった。
立ってるのもやっとだったと思う。

母親も叫んでいた。
犬も縮こまっていた。
私は母の布団に犬と一緒に入り
揺れがおさまるのをまった。
その時父と母は、ガス栓をしめに台所へ行ってたと思う。
私は怖くて犬を抱いて丸くなってるのがやっとだった。

揺れがおさまり、家が壊れているような気がした。
気が動転していて、しっかりは覚えていない。
玄関から出ようとしたが、玄関が開かない。
仕方がないのではきだし窓からでようとした瞬間
また揺れが襲った。
私は腰がひけていたので父が私の手をぐいっと引っ張ってくれた。
私がでた瞬間背中のほうで、瓦が落ちてきた。
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by osyarekirari | 2007-01-17 17:32